くにうみの先見

田園からの産業革命

膨張する財政赤字と製造業分野での日本の挑戦。一九八〇年代にアメリカがおかれた状況は、最悪の財政赤字と中国の挑戦に直面するいまの日本の姿に重なる。アメリカがその当時の危機を切り抜けてふたたび世界一の経済大国の地位を確立するまでの国家戦略を、いまの日本のあり方と比べることには大きな意味がある。当時のアメリカの大企業では、業務のリストラクチヤリングと同時に生産を思い切って低コストの海外にシフトし、研究開発・マーケティングなど付加価値の高い分野を本国に残して、グローバルな水平分業体制に成功したところが収益を大きく伸ばした。それにつれて株式・金融市場も二〇年にわたる長期上昇を続けた。現在の日本の上場企業が、リストラと中国への生産移転によって史上最高益を達成し、ようやく株式市場も回復基調になってきたのに似ている。
アメリカでその当時に起きたもう一つの大きな流れが国内経済の地方分散化と地方の自立であった。ニューヨーク、シカゴといった既存の大都市から大企業が次々と本社を移し、またITや金融、サービス分野などで新興企業が急成長した。地方分散を進めるために一九五六年から建設された全国無料高速道路網(インターステート)に加えて、この時期にレーガノミクスと呼ばれた規制緩和・低コスト化・減税で地方のビジネス環境が大幅に改善し、情報・通信、航空、自動車運輸・交通などの面でビジネス環境は大都市部と遜色ないものになった。
企業と経済の地方分散がすさまじい速度で進み、一九八〇年代末の冷戦の終結がその流れを加速した。軍事関連産業にいた優秀な人材たちがシリコンバレー、サウスキャロライナ、テキサス、コロラドなどの地方を中心に、ⅠTやサービスなどの新しい分野の企業を次々に立ち上げていった。製造業、金融業なども本社を地方に移すのが当たり前になり、経済のサービス化も進んだ。いまでは、フォーチュン五〇〇と呼ばれる大企業の本社の九割以上はニューヨーク以外に立地している。
コストだけではない。自然が豊かで通勤時間が短い環境の中で創造性が発揮され、新しい技術やビジネスモデルが次々と生まれた。企業の収益と個人の雇用と所得の伸びが重なり、税収が大きく伸びて二〇年後のクリントン政権でようやく財政再建を実現した。政治の重心も移った。国の財政赤字と権限縮小で各州が連邦政府から自立せざるをえなくなって力をつけた。成功した州知事から大統領へというコースができた。
日本ではこうした地方分散と自立の流れは起きていない。むしろ小泉改革と呼ぶ政策は、大都市と地方の格差を拡大し大都市集中を加速して、日本の増税と高負担の路線を突っ走ろうとしている。国民のものは国民に返す、という観点から負担軽減と権限委譲を実行したレーガノミクスとは逆方向だ。中国がモノづくりで日本の地位を奪おうとしているときに致命的だ。「改革」と称するものが経済弱体化と財政危機と負担増の悪循環を生み出している。
逆転の発想が必要だ。地方の負担を減らし、大都市との格差を縮小するのだ。まず、全国の高速道路の無料化によって、ヒトとモノの流れの自由化が実現できる。クルマしか交通手段がない多くの地方での農ビジネスにとっても田園産業にとっても大きなプラスだ。所得と税収が増える。国と地方の財政再建の大きな手段にもなる。いまは新しい道路の建設に使われている年九兆円の道路財源のうち約二兆円を使えば道路公団の借金は返済でき、無料化は実現できる。超低金利のいまが絶好のチャンスである。
しかし、小泉政権の民営化案では、永久に料金は有料になる、将来金利が上昇すれば国民負担が現在の道路四公団の借金四〇兆円の何倍にもなってしまう。高速道路無料化を実現したうえで、道路づくりの権限と責任を国から都道府県に移し、道路財源は全面移譲すべきだ。道路交通と一体化した地域計画が実行できる。無駄を削って道路予算を余らせたら、都道府県での一般財源化を認め、福祉や教育などに使えるようにすれば、縦割りの霞が関では進まない財政効率化と道路財源の一般財源化が地方から進む。国土交通省は利権に絡む業務執行官庁から脱皮して、自治体の執行の監視、情報公開、全国計画を担当し、執行と監視の分離体制をとる。政府部門全体のガバナンスは大幅に向上する。さらに、三五〇兆円に上る郵政資金を証券化の仕組みを利用して中小企業への資金として活用する仕組みが実現すれば地方での資金調達は現在よりもはるかに容易になる。
遅れてきた地方と農業こそが新しい競争力を致命的に弱体化するものである。道路公団民営化とは、世界一高い日本の高速料金をとり続けることだ。自動車しか移動手段がない多くの地方にとっては交通のコストと利便性の格差の固定だ。ベンチャーキャピタルや証券化などの充実によって金融システムを複線化、地方分散化することなく地方の不良債権処理を進めれば、大企業とちがって銀行しか資金調達ルートがない地方の企業は大きな打撃を受ける。資金調達格差の拡大だ。そのうえで銀行救済の観点から郵政事業の不用意な縮小を進めれば、地方の生活と金融のインフラは大都市に比べてますます貧弱になる。
こうして、交通・運輸、金融、土地などが高コストの社会と過密と過疎の構造は続く。地方での就職や雇用はいっそう困難になる。新しい産業も生まれにくい。そのうえ国の財政支出を権力の源泉とする政治の支配を続け、本当の行財政改革と地方分権は実行せず、フロンティアになる。農ビジネスの創造と平成の農地解放によって、新しいビジネスと地域づくり、そして、人生のあり方が可能になるかだ。農ビジネスは、幅広い産業と生活を呼び寄せる。コストが安く、IT、通信、交通、運輸環境が整備され、また、計画的な都市計画が実施される地域を作ることが各地方の創意によってできるから、消費・教育・研究・病院・介護・健康・住宅・不動産・観光、などの幅広い分野が田歯産業として発展する。NPO・ボランティアも活発化するだろう。交通と金融のインフラが安く平等に簡単に利用できるようになれば、ユーザーである農ビジネスも田園産業も地域全体も発展が容易だ。
都会の過密を脱け出して田園に移る大きな流れができたとき、田園からの産業革命が起こり、本当に豊かだと感じられる二十一世紀の新しい国のかたちができる。

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