くにうみの先見

食料の輸入俵存の限界

国民の食の安全に対する不安は高まるばかりだ。輸入飼料から坦産牛にBSE(牛海綿脳症)が発生し、さらに、国内消費の三分の一を頼るアメリカの牛にBSEが発見された。中国産の野菜などには国内基準をはるかに超える残留農薬が発見される。ホルマリン漬けのフグなど輸入物や養殖の水産物への薬品の問題もクローズアップされてきた。さらに、事実を隠蔽したり、国民の資金を不正に受給したりした食品企業のいくつかは解散に追い込まれた。
供給熱量ベースで六割を輸入食品に依存し、世界の水産物生産量の約四割弱にあたる量を輸入する日本は世界一の食料輸入大国である。
しかし、食料の安全を守る体制は著しく貧弱でありいびつだ。食品の輸入届出件数は一〇年前の二倍の年間一六〇万件に及ぶのに、検査を行う厚生労働省管轄の検疫所の食品衛生監視員は全国で三〇〇人弱しかいない。こんな貧弱な体制だから、輸入届出をした食品の九〇%強は検査されずに国内で流通する。一方で、食糧管理法が廃止されたのに、農林水産省管轄で米の等級管理を行う検査官がいまも一万人もいる。
日本の空港には冷蔵・冷凍設備がなく、また多くの港湾でもそれらは不備で、輸入野菜などが野積みされているのに腐らない。薬品漬けにされているからである。国内では禁止の農薬や薬品が輸入農水産物に使われている。工業製品や金融商品においては内外無差別の原則が確立され、基本的には提供者の国簿にかかわらず同じ規制が適用されるが、食料安全規制は国内生産者主体だ。省庁の縄張りを超えて人材と予算を最適配分し、消費者の安全を優先する行政に転換するのが当然だ。
日本の食料自給率は大半の先進国とは逆に、過去三〇年で大きく低下してきた。一九七三年のアメリカの大豆輸出の禁止措置がきっかけとなり、日本以外のほとんどの先進国は安全保障の観点から食料自給を進め、いまでは農業も先進国型の産業になった。一九七〇年の食料自給率(総供給熱量に占める国産供給熱量。自給率一〇〇%といっても、輸出分があれば輸入はゼロではない)は、ドイツ六八%、イギリス四六%、スイス四六%に対して日本は六〇%であった。これが二〇〇一年には、ドイツ九九%、イギリス六一%、スイス五五%と各国が大幅に向上する中で、日本は逆に四〇%にまで低下している。
アメリカやEU諸国などは、農業自体の産業としての強化策と農業に意欲をもつ農家への支援を強めたが、日本の農政は競争力とは無縁の土木建設事業と補助金行政に主眼を置き、生産を保護・育成するための農家への補助金はWTOで認められている枠をほとんど使わずに、安易に食料輸入を拡大してきた。政府は二〇一〇年度の総合食料自給率目標を四五%としているが、このような従来の行政を大転換すれば欧州各国の実績を参考にして向こう一五年程度で、これを七〇%程度まで上げていくことは十分可能である。
世界的に、農業は、マーケティング、研究開発、経営管理、物流、自然環境保護、医療との連携などビジネスと社会の資源を応用するきわめて先進国型の産業になっている。さらに食料自給の要請、自然環境と土壌の保全、国民の健康・安全の確保、文化伝統の継承、などの農業がもつ重要な役割から、欧米諸国では農家と農業を豊かに強くするための支援策や補助金は手厚いのが実態である。イタリアのように農村生活そのものを観光化しブランド化することに成功したところさえある。
農業を最先端産業と捉えなおすなら、日本が世界の先頭に立つための新しい自立と保護育成のための社会と政治・行政の枠組みが必要になる。現在、政府内でも農業改革が議論されているが、新たな過剰介入と弱者保護一辺倒になっては農業のいっそうの衰退を招く。多様で巨大な消費市場を抱える日本の農業は、世界第二の経済大国としての技術・人材・組織を活用すれば巨大な成長可能性をもつことを基本認識とした政策を確立せねばならない。
この点からみて、食をめぐる国際交渉もお粗末だ。BSEで問題になっている牛のトレーサビリティ法(牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法)にしても、国内の牛には詳細な履歴を求めるが輸入牛肉については適用されない。EUがトレーサビリティのなされていないアメリカ産牛肉の輸入を禁止しているのとは好対照だ。
また知的所有権を守ることが重要になっているが、中国などでは付加価値の高い日本の育成種のコピーが栽培されているのに、それに違反した作物の輸入制限措置などはとられていない。食料の通商産業政策は製造業などに比べて交渉力が低い。国益を守る意思決定と交渉の体制を作り上げることが必要だ。
日本の製造業が成功してきたのは、世界一厳しいといわれる消費者に鍛えられ、先端技術やノウハウを生かし、内外無差別の透明性の高い規制の体系と国際貿易ルールを活用してきたからだ。安全と消費者主権を確立し、企業が生産者との契約を公正に守ることを義務づけ、参入と競争の自由と公正を確保する、という産業一般のルールを確立することが農ビジネスの創造を促し、農業全体の発展のキイポイントになる。農業の長期的成功のためにも、ばらばらな農林水産と経済産業の政策の統合が必要だ。そのうえで、食の安全の確保と自然環境と国土の保全、食料安全保障のための自給率の向上、という農業がもつ重要な役割を追求するべきだ。

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